なんだ、俺は神様にもあなたにも愛されないのか(2)

「じゃあまぁあれね、素直には喜べないってことだ」
「そうだね」
「河野もかわいそうにな」
「…ん?何が?」
「何がってお前、それで悩んでるんじゃないの?」

 吉永は大学時代の俺と河野の共通の友人である。こいつは大学卒業後に一部上場の証券会社に就職していたが、今でも時々こうやって飲むことが多かった。しかし大体その時は河野も一緒で、俺と吉永の二人きりで飲むことは稀だった。

 中野駅北口の細い路地で入り組んだ汚い飲み屋街、呼び込みと酔っ払いと路地に立つ女たち、三人でよく来る全国の日本酒が揃った小さな居酒屋は、一歩外に出たそういった喧騒とは無関係を決め込んでいるかのように静かな、落ち着いて飲むには打って付けの場所である。若者らしい騒がしい飲み方が嫌いだった俺たちは学生時代からこの居酒屋によく出入りしていた。

「それで悩んでるって?」
「だから、河野がお前に気ぃ遣っちゃって、そんでお前もそれが申し訳なくて二人して悩んでるって話じゃなかったか?」

 俺は細長いグラスに注がれた南部美人を飲み干して、卵焼きをもう一皿注文した。

「悩んでるのは俺だよ。ただでさえあいつの稼ぎで暮らしてるのに、あいつ、俺が目指していた夢の印税生活にまで突入しようとしてやがるぜ。そうなると俺の立場って何なわけ?」
「主夫?」
「俺は本出したいの!」
「生活安定するんだから書き続ければいいだろ?」
「お前、もしお前が…」
「自分の書く物に自信あったらさ、そこって別に焦る所じゃないだろ?たまたま河野の方が稼ぎ多くて、たまたま河野の方が先に作家としてデビューしちゃって、たまたまお前はまだ全然売れないただのフリーターってだけでさ、何の問題もないじゃん」
「今の俺の歳考えろよ」

 二十六歳…若いと言われれば若いが、最近特に両親や家族の白い目線が突き刺さるように感じる。

「河野は別に何も気にしてないんだろ?結婚しちゃえよ、もう六年も付き合ってるんだから。そろそろ結婚でもしとかないとその内ポキッと別れちゃうぞ。そんでお前河野に見放されたら生きていけないだろ?」

 吉永の言うことが正論なだけに、俺は何も言い返せない。

「今度は河野もちゃんと連れて来いよ、忙しいのかも知んないけど。ちゃんと受賞記念パーティーしなきゃな~。しかしあれだよな、成功って訪れる奴の所には訪れちゃうんだな。普通こんな簡単に芥川賞って取れないだろ?」
「吉行淳之介もずっと取れなかったしな」
「な?ギャグだよ、これギャグ!コントかっつの。私、芥川賞取っちゃった、って。ウハハ」

 人事だったら俺だって笑ってるさ…。しかし何なんだろう、この惨めな気持ちは。自分がこんなに小さな男だったなんて思ったこともなかった。河野のおかげで、俺は錯覚していたんだろうか?
 俺は出された卵焼きを一気に口の中に放り込んだ。咽喉元まで卵焼きが迫ってきて、思い切りむせる。

「おい、大丈夫か?この上お前が卵焼き咽喉に詰まらせて死んだら、本当にコントみたいだぞお前の人生。ウハハハハ!」

 お望み通り、卵焼き咽喉に詰まらせて死んでやる…。そう思ったのに意志の弱かった俺は吉永の中ジョッキを奪い取ると、ビールで卵焼きを流し込んだ。

~つづく~

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