最期に一言~seven years ago,(reprise)~

 円ちゃんと心ちゃんの事故は、本当に不運だった。

 というか、助かった円ちゃんやご両親にとっては幸運だったんだけど、それでも心ちゃんだけが助からなかったということは、やっぱり不幸だったんだと思う。

 その日はこっちでも珍しいくらいの雪が降っていて、しかも珍しいことに三月の末なのに一晩で1メートルくらい雪が積もって、朝から雪かきに勤しむ人たちとか、大きなブルドーザーみたいな除雪車が同じ通りを行ったりきたりしてそこら中の雪を無理やり道路の脇に追いやったりしていた。そうやって積み上がった土混じりの黄ばんだ雪の塊が、それこそ大人の身長よりも高く聳え立っていたのだった。

 馴染みのない人にはちょっと想像がつかないかもしれないけど、それ自体は冬にもなれば毎朝の習慣みたいによく見られる光景なんだけど、とにかくその日は日曜日で、僕らでさえびっくりするくらいの積雪量と降雪量で、そして忙しい円ちゃんたちのお父さんがやっとの思いで取った休日で、二人のお父さんとお母さんが二人の高校合格のお祝いに(二人とも同じ高校、つまり僕と同じ高校が志望校で、二人とも希望通りにその高校へ通うことが決まっていた)、二人がずっと二人して欲しがっていたノートパソコンを買いに行くと約束していた日だった。

 確かにハンドル操作を誤った、と言えば人は円ちゃんのお父さんを責めたかもしれない。でもなぜか道路のど真ん中を向こう側から物凄いスピードで走って来た、スキー帰りらしいカップルの乗っている、黄色い車体に灰色のラインが下部に入った丸っこいフォルムの、少し古い型のワゴン車が全ての責任を負うかというとそうでもない気がする。確かにその日は視界も悪かったのだ。さらに対向車線にさっき言ったような除雪車が一台来ていたことも、全ての原因ではない。
 
 つまり、いかにも遊んでいそうなカップルがスピードを出し過ぎなければ、彼らが彼らの話に夢中になり過ぎて前方に不注意になるという失態を犯さなければ、驚いたお父さんが慌てて右にハンドルを切らず、左にハンドルを切っていれば、そして対向車線から除雪車が向かって来ず、二台が衝突することがなかったら、全て事情は変わっていたのである。それだけじゃない、今日は雪が酷いから出かけるのはまた今度にしようと家族の誰かが主張していれば(実際お母さんはそう言っていたらしいが、彼女は優しいから、お父さんのためにもその話をかなり後になるまで口にしなかった。口にしていたら、彼女自身お父さんを責めたくなってしまうから、それが怖かったのかもしれない)、そんなことは起こらなかったかもしれない。

 そしてこれも大事なことだが、もし心ちゃんが助手席に座っていなかったら彼女は死んでいなかったし、代わりに誰かがそこに座っていれば、どちらにしろ家族の内の誰かは死んでいたのだ。

 心ちゃんは車の暖房のあの独特な臭いに敏感で、しかも嫌いだったし、後部座席の閉塞感に耐えられなくてよく助手席に座った。円ちゃんも本当は同じ理由で助手席に座りたかったけど、自分が姉だからと(双子なのに)妹の心ちゃんに譲っていた。

 急ハンドルでスリップした車は、ちょうど助手席から斜めに突っ込むように除雪車の大きな車体に衝突した。こういう除雪車は雪を押し、集めて払うために前方に大きな鉄の平べったい、雪をすくうように緩やかに湾曲した雪かきが付いていて、それが円ちゃん家の車の助手席部分をほとんど押しつぶした。勢いを殺しきれなかった除雪車は、そのまま車の左側後方のドアとそれを含むほとんど全ての部分をを抉り取るように進み、華奢な乗用車を一回半スピンさせて道路脇の草むらへと放り投げた。ブレーキは間に合わなかった。雪に突っ込むようにしてやっと止まった円ちゃん家の車は、体積だけが半分になったように見えた。

 お父さんもお母さんも車の右側に乗っていて、シートベルトをしていたから助かった。円ちゃんは後部座席で横になって眠っていた。お父さんがハンドルを急に切ったために座席の下に放り出され、結果そのために助かった。
 車がようやく止まると、円ちゃんは自分の左の太ももが真っ赤に染まっているのに気が付いた。足の感覚がなかった彼女は、「私の足がなくなった」、と思った。「押しつぶされてなくなった」、そう思った。暫らくして足の感覚が戻ってくると、痛みではなく、彼女の左の太ももには、暖かな血の温度がゆっくりと表面を覆うように広がっていく感覚が感じ取られた。滴のように彼女の太ももに落ちる血の感覚。それは彼女のものではなく、彼女の前方、助手席から流れ落ちてくるものだった。「こんなに血が出たら死んじゃうわ」、彼女はそう思ったが、実際そうなった。

 心ちゃんはその日のうちに亡くなった。病院に運ばれたが、助からなかった。三日後に目を覚ました円ちゃんは、心ちゃんのことを聞かなかったという。もしかしたら、心のどこかでそのことを感じていたのかもしれない。彼女のお父さんもお母さんもそう思って、改めて告げることはしなかったという。
 心ちゃんのお葬式が終わったその日の夜、円ちゃんは両親に一つの提案をした。自分のことを、一日に一回でもいいから“心”と呼び間違えて。そうやって皆で心のことを忘れないようにしよう。そうでもしなきゃきっと一年か二年で忘れてしまうから、と。円ちゃんのお父さんとお母さんは反対しなかった。そうやって自分たちをずっと責め続けようと思った。

「晋ちゃーん、大変だー!!」

 向こうから走ってくるのは円ちゃんのお父さんだ。いつ指摘しようか今でも迷っているが、若干内股だ。

「どうしたんですか?」

 その日は日曜だったけど午前中いっぱい学校で講習があって、やっぱり僕は志望大学のラインを二つくらい引き下げた方がいいのかなぁなんてことを考えながら家に向かって歩いていた。あれから二年が経って、もう僕らは高校三年生になっていたけど、特に変わった日常を過ごしていたわけではなかった。その日の講習に円ちゃんが来なかったことすら、十分な事件だったのである。

「円が、円が…」
「はい」
「いなくなった!」

え?

「具合悪いって言って今朝から寝てんたんだ。それが、今いないんだ!ほら、これ見て、書置き」

キャラクターの柄入りのメモ用紙には、

『お父さん、お母さん、転んで怪我しないで』

とだけ書いてあった。

「ちょ、待ってくださいよ、これだけじゃ分からんでしょ?」
「いや、たぶんそ

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