火星での生活・6

「ねぇ、吉川君」
「……。」
「君だよ、君!」

あ、僕!?上田なんだけど!なにその類似点の無い名前は!

「さっきから呼んでるじゃないか!」
「あの…僕上田なんだけど…」
「あ、っふぉう!」

何その驚き方!ムカつく!

「君の家はこっちの方角なのかい?」
「いや、全然違うけど…送って行ってくれって言われたからこっちに来てるだけで…」
「そうか…じゃあそろそろ帰らないか?」
「えぇ?なんで?だって君のことを送り届けるまでは…」
「いいんだよ、ここから先はちょっとさ…」
「いや、でも…」
「僕んちが何だか、もちろん想像がつくよね?」

は?何言ってんだこいつ?

「さぁ…一軒家?」
「違うよ!そういうことじゃなくて…」
「社宅?」
「ハ、ハバ!」

なんて!?

「違う、バカ!」

そんな間違いしない!

「宇宙船だよ、宇宙船!UFOだよ!火星から来たって言ったじゃないか!」
「ああ…そういうことね…」
「そうだよ!そのくらい分かれよ!ファバ!…バカ!」

だからないって!そんな間違え方!

「…で、それが何?」
「何って分かるだろ?宇宙船だよ?もうすでに日本政府が介入している機密事項なんだよ!NASAだって注目しているんだ!」
「うん…」
「君みたいな一般人が宇宙船を目にしたりしたら、君の身に絶対に良くない事が起こる。だから君はこれ以上僕の家に…もとい宇宙船に近づかない方がいい」
「えぇ…そうなんだ…じゃあお言葉に甘えようかな…」

だって別に興味ないし…町子先生に頼まれなきゃこんなとこまで一緒に来ないしさ…こいつの嘘に付き合うのも疲れたし…

「じゃあ僕はここで…」
「ああ、さっさと行きたまえ」

なんだよ、何様なんだよ、「たまえ」って。華族か!

と、その時である。僕らが歩く道の向こうから、いかにも柔和そうな一人の女性が現れた。買い物袋を手にし、今から夕食の準備に取り掛かるのであろう、いたって普通の主婦である。

「あら、健じゃない」

僕の名前は健じゃない。それは明らかに僕の隣に居る野口に向けられた言葉だった。

「健ちゃーん」

野口は僕の隣で押し黙ったままである。

「なに、どうしたの健ちゃん。あなた、野口健二でしょ?」

そりゃそうだろう。そしてこの女性は野口の母親なのだろう。もうすでに彼女は僕らの目の前に立ち止まっていた。

「あら、こちらお友達?はじめまして、健二がお世話になってます」

野口は押し黙ったままである。
こんないいお母さんがいるのに、なんでこいつは火星人なんてバカげた嘘をつくんだ…僕はちょっとだけ野口がかわいそうになった。

「上田です。野口君のクラスメートの…」
「あら、あなたも?」

…も?

「良かったら家に寄って行ってくださらない?この子が友達連れてくるなんて久しぶりだから。しかも一日に二人も」

…二人?

「あの…お家ってどこなんですか?」
「ここよ」

わーっ!目の前まで来てた!もっと前で僕を追い返しときゃよかったのに!野口君バカ!
そしてもちろん、その家は宇宙船などではなく、いたって普通の一軒家だった。

「借家だから狭いけど…」

そう言って野口のお母さんは僕を中へ通してくれた。
野口は未だに押し黙ったままである。

玄関に女の子のものらしきローファーがキチンとそろえて置いてあった。僕はなぜか背中に悪寒が走った。

「あの…この靴…」
「あぁ、さっき健二のクラスメートって言う女の子が来てね、健二はまだ帰ってないって言ったら、待ちますって言って居間にいるのよ」

もちろん一番野口が驚いたろうが、僕は僕で驚いていた。なぜなら僕にはその女性に心当たりがあったからである。

居間に座ってお茶を飲んでいたのは、クラス委員長の田所さんだった。

~つづく~

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