ハーモニカマン

今、世間を騒がせている男がいる。それは「ピアノマン」。ある日突然海岸に打ち上げられていた、身元、国籍不明の男である。彼は一言も喋れない代わりに、ピアノが非常に上手だった。そのため医師たちは彼を「ピアノマン」と呼んでいるのである。

しかし皆さんは、「ピアノマン」が発見される数ヶ月前、日本、しかも九十九里浜に打ち上げられていた謎の男のことをご存知だろうか?彼の名は「ハーモニカマン」。ここでは、意外と知られていないこの謎の男について、そして、今世間を騒がせている「ピアノマン」との驚くべき関係について、話したいと思う。

彼は、ひどい嵐の晩の翌朝、たまたま海岸を通りかかった地元の漁師に発見された。発見当時の彼はタキシードを着ていたがワカメまみれで、地元の小学生に面白半分に殴る蹴るの暴行を加えられていた。彼を発見した漁師は次のように語る。

問.彼が発見された辺りの海岸は、普段人が立ち寄るような場所なのですか?
「とにかく増村さんとこの大樹は悪ガキでよう。この前もチヨばあちゃんの猫、エアガンで撃ってたっけよ」
問.発見当時の彼はどんな様子でしたか?
「万引きしたっつったらたいてい大樹よ。他のやつらまで仲間さして、ちょぉっとしたグループば作ってんなやも」
問.最後にお尋ねします。彼は何者だと思いますか?
「よぐわがんねぇげど、とぉにかく一回PTAさかけるぐらいやんねぇど、だめだぁ」

漁師はかなり興奮した様子で言葉を締めくくった。
貴重な情報(大樹君の)を手にした我々は、謎の男が入院しているという病院へ向かった。そこで我々はさらに驚くべき情報を手に入れたのである。

その病院に勤める医師の一人に聞いてみたところ、その謎の男は、治療している医師たちの間では、「ハーモニカマン」と呼ばれているということである。なぜその名で呼ばれているのか、その医師に聞いてみた。
「とにかく、意識が戻ってからも一言も喋らないんです。顔つきを見ると日本人か中国人か、とりあえずアジア系のようなんですが、日本語はもちろん、中国語や韓国語にも、全く反応しないんです」
その彼が、病室にたまたま置いてあったハーモニカを手にすると、とたんに人が変わったようになったのだという。
「そのハーモニカを手にすると、急に彼はそれを一生懸命に吹きだしたんです。それを見て僕たちは、もしかしてこの男はミュージシャンか何かなんじゃないかと思ったんです」
問.それで彼に「ハーモニカマン」という名を付けたのですね?
「はい。ただ、あまりにも一心不乱すぎて、うまいのか、ただ適当に吹いてるだけなのか、僕たちにも判断はつきかねたんですが」
そこで警察は、この男がプロのミュージシャンであるという前提の下に、彼の身元を調べ始めた。

しかしその三日後、事件は急激な展開を見るのである。

「ハーモニカマン」は、その日、たまたま病室においてあったドラムセットを見ると、急にスティックを握り、
「ワシは本当はドラムマンなんやー!!」
と叫び、一心不乱にドラムを叩きだしたのである。
担当の医師たちは、
「しゃ、喋ったー!!」
と、心の中で総ツッコミを入れたが、男が日本人であること(しかも関西人)、明らかにミュージシャンではないこと(その同じ日に、たまたま病室にあった琴を、ギターのようにかき鳴らしていたことからも、確実である)を新たな事実として、再びこの男の身元を探り始めた。

すると程なく、また新たな発見があった。
男が発見当時着ていたタキシードを調べていた医師の一人が、その裏地に、「斉藤」という文字が刺繍されているのを発見したのである。
この事実を突きつけられ、今更のように喋れないキャラを演じていた斉藤さんも、諦めて本当のことを語りだしたのであった。

「金が欲しかったんです」
問.は?
「金が欲しくて…記憶喪失のふりをすれば誰かに恵んでもらえるかなと思って」
問.ふざけてるんですか?
「あの嵐の夜、やけっぱちになって海に入ったら寒くて。暖を取ろうと思ってワカメにくるまっていたら、いつの間にか眠ってしまって。気がついたら小学生にボコボコにされてました」
問.今度は俺がボコボコにしてやろうか?
「すいません…」

記者の暖かい言葉に励まされた斉藤さんは、そのまま家に帰って行った。彼は千葉のホストクラブで、住み込みのボーイとして働いていたのである。しかし彼は別れ際に、気になる一言を残して行ったのである。

「あの、ニコライは…?」
問.は?
「あの夜私と一緒にいた、ロシア人のボーイです。同じ部屋に住んでるんです」
問.また病院送りにしてやろうか?二ヶ月くらい…
「勘弁してくださいよ…。一緒にいたんです。彼も海に入って、ワカメまみれになってたんです。彼もお金がなくて、やけっぱちになってたんです…」

斉藤さんの話では、ニコライさんも、ピアノがうまいふりをするのがうまかったそうである。が、その同じ日、外国人の男が発見されたという情報は無かった。我々は、斉藤さんがでっち上げた話であろうと取り合わなかった。

もう皆さんもお分かりだろう。その事件の数ヵ月後に世界を賑わせた「ピアノマン」こそ、あの嵐の夜、九十九里浜で行方不明になったニコライなのである。我々はその真偽を定かにするため、斉藤さんの勤めるホストクラブへ出向いたが、彼は借金取りに追われて一月ほど前に夜逃げしていた。

世界を騒がす「ピアノマン」、彼の正体はいまだ、闇の中だ。

※オールフィクションです。

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