最期に一言~seven years ago,~

 うちのクラスの円ちゃんは、はっきり言って変人だ。

 いや、変人だった、が正しいのか。元々変人だった、少し前までは普通だった、心ちゃんがいた頃は普通だった、心ちゃんがいた頃も冷静に思い返してみれば変人だった、けど心ちゃんのおかげでそれが目立たなかった、中和されていた、つまりは元からの彼女の気質は変人だ、などなど、色々なことを考えるにつけ、やっぱり円ちゃんは変人なのだろうなぁと僕は思うのである。

 円ちゃんははっきり言って可愛い。かなり可愛い。誰に似ているかとか強いて言うなら誰似かなんてことはとりあえず置いておいて、もう圧倒的に可愛い。心ちゃんがいた頃は、そりゃもう「山形のマナカナ」と言ったって誰も否定しなかったろうし、例え「東京のマナカナ」と言ったって通用したろうと思う。関西にマナカナあり、東北にマドココありなんて言ったって、僕はいいんじゃないかって思うくらい、二人は可愛かったし、二人揃うとやっぱりより一層そうで、でも今こうやって円ちゃん一人になったって、やっぱり可愛いのである。

 だからと言うわけじゃないが、いやそうなのかもしれないけど、円ちゃんがちょっとくらいおかしくったって、しかも心ちゃんが亡くなった後だったわけだから、少しくらいおかしくなったって仕方がないんじゃないかと皆思っていた。周りの大人たちもそうだったし、僕のクラスの皆も、他のクラスの女子や男子も皆そう思っていた。しかも、おかしいって言ったって、急に叫びだすとか手首を切るとか、飲んでいる精神安定剤の種類や数を自慢するとか(もちろん彼女はそんな薬飲んじゃいなかったし)、そういう類のことじゃなかった。
 ただ一つ、たった一つのことを彼女は皆に約束させた。彼女が退院して、心ちゃんの四十九日も終わった頃にクラスに戻って来た時に、お願いというか約束というか、そんなことを僕のクラスの皆にした時は、でもやっぱり皆彼女が少しおかしくなったんじゃないかって思ったくらいだった。

「(キーンコーンカーンコーン、キーンコーンカーンコーン)」
「はーい、おはようございます」
「(おはようございます)」
「じゃあ出席。相沢」
「はい」
「青木」
「はい」
「青野」
「はい」
「伊藤」
「はい」
「伊藤哲」
「はい」
「加藤、は今日も休み」
「(笑い)」
「倉橋心」
「…。」
「倉橋?」
「先生、心じゃないです、円です」
「あごめん、また間違えた。倉橋円」
「はい!」

…これだけである。もちろん先生だけじゃない。彼女がクラスの皆にお願いしたのはまさにこれだ。「一日一回、自分のことを『心』と呼び間違える」。こんなお願いをしたところで、誰も彼女を責める奴なんていやしない。先生だって、本当は名前なんか呼ぶ必要ないのに、出席は名字だけで取れるのに、こんな風に気を遣っていたんだ。それにこれは、心ちゃんがいた頃は本当に日常茶飯事だったのだ。それくらい二人はとてもよく似ていて、しかもとても愛らしかったのである。

「行ってきまーす」
「心、お弁当持った?」
「円だよ、お母さん」
「あ、ごめんごめん」

玄関のドアを開けて庭の石畳を門に向かって突っ切る。

「そんな走ったら危ないぞ、心」

円の父も車に乗り込んで会社に向かおうとしている。

「円だって。行ってきまーす」

 これが今やこの一家の日常だ。偶然を装って毎日彼女と通学の途中に出会うようにしているのも、僕の日課である。が、別にストーカーとかじゃない。彼女の家は僕の家のすぐ近くなのだ。

「おはよう」
「おはよう、心ちゃん」
「円です。また今日も会ったね」
「まぁ…家近いし」
「ひょっとしてタイミング計ってたりするわけ?」
「ぃや…違うって。そういうんじゃなくて」
「だよね。そしたら変態だよね」
「…あのさぁ」
「なに?」
「前にさ、毎朝一緒に学校行こうって言ってなかった?確か前に一度そんなこと言ってたような」
「うそ」
「でも別に家に迎えに来てくれるとかいうわけじゃないし、僕が玄関とこで待ってても何しに来たのって感じだし、そんでいつの間にかなんか僕が円ちゃんのこと見張ってて偶然みたいに会って一緒に学校に行くっていう、なんか非常に気疲れする、みたいなスタイルが確立されつつあるんだけど…」
「見張ってるの?」
「見張ってない!でも様子は窺ってる…かな」
「それ心が言ったんじゃない?」
「は?」
「間違えたんじゃない?」

 そう言われると僕はなんとも言えなくなったけど、そうやって自分が逃げる口実に心ちゃんを使うのは物凄く卑怯で汚いやり方だと正直僕は思った。

 無言。暫くすると、円ちゃんが鼻歌を歌い始めた。

「ドドレソファ、ドシ♪」
「……」
「ミレミレソファ♪」
「……」
「シレシシシシ、レドミレ、ド♪」
「……」
「シドミ、ソララ、ラファラファノ♪」
「……」
「ン~ン♪」
「…口に出してる音階と音程が全然違うんだけど」
「なに、絶対音感とか持ってるの?」
「持ってないけど、だって僕、吹奏楽部だよ?」
「ふーん」
「しかも“ノ”ってなんだよ、そんな音階ないよ」
「あるよ」
「ないよ」
「あるよ!」
「ないよ」
「ドレミファソラシノ、ほら」
「最期の音は“ド”だよ」
「なんで“ド”が二回も出てくんの?」
「はぁ?」

 この娘はバカだなぁ、と、僕は心底思った。

「アハハ~、アハー、アハハ~」

 気がつくと円ちゃんは上を思い切り見上げながらちょっとムカつく感じのバカっぽさで笑っていた。その様子を見て、僕は彼女がたまらなく愛おしくなった。

 それが七年前のことである。僕らはまだ中学生だった。そんな日々を過ごす内にいつの間にか二年も経ってしまって、二年も経ったけど僕らは相変わらず円ちゃんとの約束を守り続けていた。

 そうしてそんなある日の午後に、円ちゃんは急に僕らの町からいなくなった。

~つづく~

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