最期に一言~and now.~(4)

 円ちゃんの家に到着する頃にはもう辺りはすっかり暗くなっていて、晩ごはんの支度を済ませた三人の家族が後は食べるだけとインさんを待ち侘びていた。さすがに二晩続けてご飯をご馳走になるわけにはいかないと思った僕は、円ちゃんと円ちゃんのお父さんとお母さん、そしてインさんに挨拶をしてそのまま帰ることにした。

 玄関を出て車に乗り込もうとすると、バタバタと慌ただしくドアを開ける音、突っ掛けたサンダルがカタカタと高い乾いた音を立てるのが聞こえてくる。振り返ってみるとそれは円ちゃんで、後で今日のバイト代を渡しにいくという、ただそれだけを伝えに来たようだ。僕は断ったけど、円ちゃんの強引さに元々敵うとは思っていない。夕飯後一時間ほどした頃に玄関のベルが聞こえてきたけど、それはやっぱり僕がさっき申し出を辞退したことなどハナから無視していた円ちゃんだったのだ。

「これ、さっき言ってた、少ないけど。ごめんね」
「あぁ、うん…」

 もちろんもう僕は反論などしない。

「今って暇?」
「そうだね、別にすることもなく、って感じだったけど…」
「じゃあちょっと散歩に行かない?めっちゃ寒いけど」

 これは予想外の展開だ。

「いいけど…」
「じゃあ暖かくして。風邪引くと悪いし」
「うん」

 
 結局従った僕はダウンを着込んで山形の夜へ。ビルの灯りも人家の灯りもまばら、星明りがここまで綺麗に見えるのも、寒い北国だからこそである。玄関を出て家の前の通りに出ると、円ちゃんがしたり顔で僕を待っていた。なぜしたり顔なのかはよく分からなかった。

「あ、この道、懐かしいよね。二人で一緒によく通ってさ。二人でっていうか僕が勝手に付いていってただけなんだけど」
「そうだっけ?」
「中学の時は三人で、だったけど」
「うん」
「あのインさんって人、円ちゃんそっくりだね」
「フフ、そうでしょ?」
「円ちゃんと二人でいると心ちゃんがいるのかと思うよ、前みたいに二人でいるみたいな、そんな気がしてきてさ」
「……。」
「あぁ、うん…」
「……。」

 マズイこと言ったかな…そうは思ってももう遅かったわけで、言ってしまったことはやっぱり素直な感想だったし、円ちゃんのお父さんもお母さんも絶対にそう思っているわけで…逆に円ちゃんが一体どんなことを考えているのか、僕はもうそろそろ知りたいと思っていた。それはほぼ十年越しの思いであると言ってもいいと思う。

「円ちゃん?」
「……。」
「ごめん、怒って…る?」
「ん?ああ、ごめん、今Jリーグの今後について考えてた」

 えぇっ!?

「やっぱり国内リーグのレベルをガンガン上げていかないとワールドカップに運よく出られても勝てないっつの。降格争いでマスコミも浮かれてる場合じゃないよね~」
「そうだね」
「ワールドカップの出場だって拾ってる勝利だってこととかさ、アジアのレベルとヨーロッパとか南米とかのレベルが同じだって思ってるのかね、彼らは」
「そうだね」
「日本なんてお金だけはあるんだからさぁ、ね?そう思うよね?」
「そうだね」
「ちょっと、ちゃんと考えてる?そういう問題に無自覚に生きるのはよくないって。生活ってのはあらゆることに自覚的に生きなきゃ。触手を張って、ね?」
「それはそうだよね」
「なに、無気力。何も考えてないの?流されて生きてるの、世の中に?」
「考えてるって、考えてますよ。ちゃんと身になることを自覚的に考えてますよ」
「じゃあ今何考えてたわけ。どうせ下らないことでしょ。あの子がカワイイとかこの子がカワイイとか」
「違うよ、円ちゃんが何を考えているのかなって考えてたんだよ」
「そっんなくっだらないこと考えてたんだ?ダメだよ~」
「下らないことじゃねーって!」

 しまった、思ったより大きい声が出てしまった。円ちゃんがとっさに小さく身を縮めるのが分かった。

「…あ、いや、下らないこと、じゃ、ない、と思うんだよね~、たぶん」
「私が考えてることなんて知ってどうすんの?」
「どうするって、心配だからさ。自分をわざと呼び間違えさせたり、それから急にいなくなったり、いなくなったと思ったら急に戻ってきたり、ついでに自分そっくりの人連れてきたり。ほんと、正直一体何考えてるの、って僕じゃなくたって普通の人だって思うよ、絶対にそう考えるよ」

暫く沈黙。二人で黙々と歩く。一度積もった後に日中の暖かい日に溶かされた雪が、夜になるとまた冷やされて凍ってしまう。道路も薄い氷が張り付いてとても歩きにくい。それでも雪国生まれの僕たちは、普通の道を歩くのと同じくらいの速度で歩いてゆける。ザッ、パキッという氷の砕ける音。早いペースで進んでいく二つの足音。静かに降り始めた雪。

「無理にちゃんと覚えていてあげようって、思わなくてもいいんだよ」
「何が?」
「私がインさんと出会ったのも仲良くなったのもこっちに連れて来たのも一緒に仕事しようって言っているのも、全部本当に、関係のないことなんだから。色々なこと、考えてくれてありがたいけど。私だって…」
「なに?」
「私だって心のことなんか、どんなんだったっけって思う時だってあるんだから。鏡で毎朝自分の顔を見て、きっと生きていたらこんな女がもう一人いたんだ、って思うくらいなんだから。あの子が好きだった本も映画も男の子のタイプも服もミュージシャンも今だって全部ちゃんと覚えているけど、それだってもう随分前から止まってるんだから。バカらしくってさ、もし、なら、今頃、なんてバカみたいになったんだよ」

 
 円ちゃんはじっと地面を見つめている。

「だから…」
「…?」
「…だから急にいなくなったの?」
「知るか、そんなん」

 
 円ちゃんは急に機嫌が悪くなったようにさらに足を速めた。ほとんど走っているみたいに。その内本当に走り出して、あっという間に小さくなった。小さくなって、向こうの角で曲がる時、見事にすっ転んだ。それでもめげずに起き上がって、角の向こうに曲がっていって見えなくなった。

 僕は彼女を追いかけることが出来なかった。彼女は僕に怒ったフリをして、さっさと走り去っていってしまった。でもたぶん、本当はそうじゃなくて…ただのなんとなくの予想に過ぎないけど、彼女はきっと怒っていたんじゃなくって、泣いていたんだと思う。

 僕は彼女を追いかけることが出来なくて、彼

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