最期に一言~and now.~(6)

 午後四時を回っても僕とインさんは円ちゃんを見つけることが出来ずにいた。ほぼ一時間置きに円ちゃんのお父さんの携帯電話に連絡していたけど、向こうもまるっきり手がかりが掴めず、円ちゃんからの連絡もないらしい。

 インさんのお父さんの会社のこちらにある事務所にも、僕たちの中学校や高校、僕と円ちゃんと心ちゃんとでよく行った場所にも行ってみた。考えあぐねて小学校から幼稚園まで行ってみたけど、それでも彼女は見つからなかった。
 ふと思い当たって心ちゃんのお墓に行ってみようと思ったのが午後二時頃で、今も僕たちは米沢から少々離れた白鷹町という所にある円ちゃんの家のお墓がある場所へ向かっていた。

「インさん、もう一回お父さんに電話してもらっていい?それから僕らそろそろ着きますっていうのも言っておいて」
「はい。わたしのけいたいからまどかにもういちどでんわ、してみます」
「うん、お願いね。お腹空いてない?」
「だいじょぶです」

 
 気がつけば僕らは朝から何も食べていなかった。僕はともかく、インさんがかわいそうだ…いやいや、「僕はともかく」?そもそも僕は一体円ちゃんの何なんだ?インさんの方が円ちゃんを探す正当な理由を持っている、なぜならこれから一緒に仕事をやっていくわけだから。僕の方が危ういってもんだ、ただの友達の癖に、五年間会えなくても探しにすら行かなかった癖に、会おうとすら…頭を下げて円ちゃんのお父さんとお母さんに頼めば住所くらいは教えてもらえたかもしれないのに。今こうして焦ることであの時何も出来なかったことの埋め合わせをしようとでも言うのか?いや、違う、と思いたい。僕だって悟ったことがあるんだ。気づいたことが、僕だって五年も経って、少しは大人になったんだ。もう自分が何を考えて、どうしていきたいか、ちゃんと分かっているんだ。

「しんちゃんさん?」
「はい?」
「だいじょうぶですか?」
「あ、うん」
「おとうさんが、つくころになったらもういっかいれんらくって、いってます。みちあんないもういっかいするって」
「もうだいぶ近いからそのまま換わるよ」

 電話を換わった僕は、円ちゃんのお父さんのナビに従って緩やかな山道を進んだ。僕の父はカーナビが嫌いで未だに車に搭載していない。そのおかげで今僕たちは相当な苦労を強いられている。この辺りの地理にはもちろん全く不慣れである。それでもそろそろ目的の場所に着くはずだった。

 道路が緩やかな登り坂になり始めて1kmほど進むと、不意に起伏が平らかになった。そこからさらに道なりに大きく右にカーブすると俄かに視界が開け、道路のすぐ脇にただそのために土地を拓いたと思われる砂利敷きの車十台分ほどの駐車スペースがあった。墓地と寺の名前を示す白い看板が立っている。道路自体はそのまま緩やかに下り、何百メートルか先で本格的な山道に入っていく。
 僕は右のウィンカーを点滅させてハンドルを切った。そこには車は一台しか止まってはいなかったが、白いビニールの紐で区切られた一台分の駐車スペースに車を合わせるため、何度か前進とバックを繰り返した。止まっている車が円ちゃんの乗って行った車とは違うため、ここに彼女がいないことはもうすでに分かっていたが、何か直感とでもいうか、自分の考えは間違っていなかったという気がして、心臓の鼓動が早まるのが分かった。

 案内の看板に従ってコンクリートで無造作に固められた階段を登っていく。杉林をしばらく歩いて抜けていくと突然ぽっかりと大きな空間が現れたが、そこが墓所だった。
 もちろん僕は来たことがなかったし、インさんに至っては日本の墓を見ること自体初めてだ。だから僕らは二手に分かれて、墓所の両端から中央に向かって心ちゃんのお墓を探すことにした。

 あまり広くはない墓地の半分を見て回るのに十分もかからなかったが、心ちゃんのお墓は見つからない。インさんも見つけることが出来ないと言うので不思議に思ったが、インさんが“心”という漢字を探していたことを知り、結局全て僕が見て回って探すことになってしまった。辺りはもう既に暗く、それでなくても探すのには骨が折れた。やっと目的の墓石を探し当てた頃にはもう五時近くになっていた。

「あった…!」
「これですか?」
「うん、そうだと思う」

 携帯電話の頼りない灯りで墓石の裏を見てみると、確かに心ちゃんの名前が刻まれている。それにもう一つ、これが目的の墓だと決定するものが墓前には供えてあった。

「はな、まだあたらしいです」
「円ちゃんが供えたんだ、たぶん。やっぱり円ちゃんはここに来たんだ」
「きっとそうですよ」
「うん、たぶんそうだ」

 こんな花を墓前に供えるような人は円ちゃんしかいない。そしてその花を供えることが一番心ちゃんを喜ばせることだと知っている人物も、やはり円ちゃんしかいないのだ。墓前には真っ白なバラの花束が窮屈そうに咲き誇っている。

「この花は…」

 駄目だ、ずっとこらえていたのに、あの日から七年間もこらえていたのに、抑え切れずに涙がこぼれそうになった。

「これは円ちゃんの好きな花だ。そして心ちゃんも好きだった花だ」

 円ちゃんの両親は知るまい。二人は心ちゃんが好きな花は今でもガーベラだと思っているのだ。それは円ちゃんのお母さんが好きな花で、お父さんは白いバラが大好きだった。二人は最初、好きな花だけは違うねなんて言い合っていたが、それは心ちゃんの嘘で、本当は彼女も白いバラが好きだったのに、「私までそう言ったらお母さんだけ一人になっちゃう」と、ある日本当の所を円ちゃんに語ったのだそうだ。
 その次の日から円ちゃんの一番好きな花はガーベラになった。「好きな花を交換したの」と彼女は言った。

 あの子の中には、あの非常に分かりにくい女の子の中には、ずっと同じ思いがあったのだ、変わらない思いが。そんなことにも気づかずに、周りの僕らだけが振り回されて、彼女は彼女のままだったのに、恐ろしいくらい彼女のままだったのに、そんなことにも気づかなかった。僕は彼女が変わったんだと思っていた。でもそうじゃなかった。彼女は苦しんでいただけだったのだ。

「行こう」
「いいんですか?」
「うん、今、円ちゃんがどこにいるのか分かった」
「ほんとですか?」
「うん」

 考えれば簡単なことだ、彼女のことを考えれば、彼女の一番大切な人と最期に過ごした

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