最期に一言~and now.~(7)

 もうすっかり暗くなった辺りの風景を次々に後ろへ追いやって、ようやく目的の病院の駐車場に車を乗り入れた頃にはもう午後七時を五分ほど過ぎていた。

 隣で半分眠っていたインさんは、車が駆動する連続的な快い騒音が一気に止んだため、少し驚いたように目を覚ました。

「着いたよ」

 その駐車場はやたらだだっ広くて、こんな時間に車を止めることなど出来るのだろうかと思っていたが、どこを見ても警備員や守衛らしき人の影も見えず、無機質な直方体で構成された工場のような病院自体、もうひっそりとして眠りにでも就こうとしているかのようだった。

「くるま、ぜんぜんないですね」

 病院の職員のための一角と思われる(なぜなら分かりやすいくらい高級車ばかり止まっていて)スペース以外は、広大なその敷地を見渡しても十台ほどの車しか見当たらなくて、一体何のためにこんなに広い駐車場を作ったのか理解に苦しむと思ったが、ここも昼間は毎日趣味のように病院通いをするジイさんバアさんの車でごった返すのだ。
 冬の冷たい風が突き刺さるように痛い夜だったが、その空気のために星が輝いているのを見ると、一時間くらいだったら耐えてもいいかなという気持ちになるのだが、それは不思議と故郷に帰って来なければ抱かない感情なのである。

 そうやってぼんやりしていた僕に声をかけたのは少し興奮気味のインさんで、それも当然、インさんは円ちゃんのお父さんの車と同じ車(ルームミラーに吊り下がった赤ベコの小さなキーホルダーでまさにその車だと確認した)を見つけたのだった。つまり、円ちゃんはここに来ていて、そして恐らく、まだどこにも行っていないらしい。

 時間を考えても病院内にいる可能性はないと考えた僕たちは、先ほどの墓地と同じ作戦を取ることにして、インさんは正面の玄関から右回りに、僕は左回りに周囲をぐるりと回って彼女を探すことにした。車を見つけたことですっかり安心しきっていたインさんは、先ほどとは打って変わって楽しそうで、子供がスパイごっこか何かを楽しむようにすら見えた。

 病院の周囲は、病院自体とそれを取り巻く広過ぎる駐車場の無機質さを少しでも緩和させるための努力と思われるものたちでしっかりと取り囲まれていた。周囲に広がる所々伸び過ぎた芝生のほぼ中央に、赤茶色のレンガで形作られた遊歩道が病院の建物に沿って真っ直ぐに伸びている。駐車場のアスファルトと芝生を区切るラインは恐ろしく長い直方体状に刈り込まれた生垣で縁取られているが、そうやって無理矢理に区切ってしまうことでかえってこの空間の無機質さが浮き彫りになってしまうような代物だった。

 アクセントのように添えられた常緑樹と木製のベンチも、それが一定の間隔を持っていることでさらに都市における下手くそな緑化計画の実例のような陳腐な印象を抱かせる。きっとここの入院患者たちは、この何の面白みもない散歩コースを毎日連れ回されることに対して、看護師に感謝の念を抱いているような振りをすることに疲れてしまうのだろうとすら思われた。

 あー、病院では死にたくない。そう素直に思った次の瞬間に、背筋が震える嫌な寒気に襲われた。ここで一人、死んだのだ。

 黒く伸びる冷たい遊歩道を避け、僕は芝生を踏みしめながら、サクサクと音と共に足の裏に伝わってくる感覚を楽しんで歩いた。下ばかり向いていたら円ちゃんが見つからないな、そう思って顔を上げたら、行く手のベンチ、木の陰になってよく見えないが、人が一人座っている。

「やぁ」

 それほど近づかなくても、落ち着きなさそうに座っているのが紛れもなく円ちゃんであるということはすぐに分かった。

~つづく~

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