嵐の夜に。

どうも、須貝です。つれづれなるままに。

・作品の要素を毎日ああだこうだと考えていて、どうしたら一本にまとまるかとこねくり回しているけどうまくいかず、行き詰った二歩くらい先で突如一つになって、必要なことが分かってきて、一気にまとまって形が出来ていく感じの、あの昂揚感というのは、これは絶対に物語を作ったことのある人でないと味わえないものだと思う。

・他人に自分の夢を見させることは出来ない。絶対にその方がいいのにと思ったところで、その人が何をしたいかにはかなわない。ないがしろにも出来ない。それはただただ、惜しいと思うだけで、でもあの人がそうするのなら、と、期待をするしかなくて、寂しいけれど楽しみに思うような、そういう風に受け止められたらいいな。

・ボブ・ディランはフォーク?カントリー?のシンガーからロック歌手になった時、裏切り者と後ろ指指されて、ライブアルバムにも「Jew!!」という罵りの声が残っているくらいで(ユダヤの人の蔑称で、使っちゃいけないやつです)、でもそれを思う時、つっても嫌いな人も聞きに来たんだな、とよく思う。以前の曲を期待してのことだったんだろうけど。なんか、好かれようが嫌われようが誰かを動かす力があるってことなのかなって思うし、それって凄いよなぁと思う。

感情と方向を切り離してただ行動の量のことを考えた時、凄いことというのはその量がそもそも多いことなんだなと感じる。ファンもアンチもそれのことを気にせざるを得ない状況が生まれたとしたら、それの影響は疑いようもなく現れている。

・役者にとって、その気持ちになる、感情を作るという技術は実はあんまり重要じゃない。そういう、一人でも出来る技術というのは非常に初歩のもので、それがあるのは当然だと思う。一番大事なのは相手をその気持ちにさせること。自分以外の誰かを変えられるかどうか。誰かが怒るという脚本があった時、大事なのは怒る人ではなく怒らせる人。

後は柔軟で敏感であること。あらゆる影響を感じそれをいかに利用し、嘘を吐かずに反応を出来るかという、そういう準備を稽古でするわけで、それがもし全てうまく運べば、板に立った瞬間に作りごとが消え失せます。その時、完全な作りものであったものが永遠に変化を続ける不確定なものになるという、心が震える矛盾が生じるのです。そういう、不合理の中に僕らは生きています。

・Own your fields. Grow it sincerely.

・切り離したり、いなくなったり、見限ったり見限られたり、そうやって過去に思っていたあらゆるが、ふとした瞬間にまた繋がって、頭をもたげて、思い出されて、便りが届いて、そういう営みの全てが愛おしくなる。許すことが多くなったような気がして、それは丸くなったのか、気にならなくなったのか、老いたのか、分からないけど、自分の幅が広くなったのだと思いたい。そしてあなたの幅も。

・生きていることを頼みにはしない。確固として生きる。

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