壁に耳。

どーも、須貝です。

いよいよ春っぽくなったと思ったら何だかまた寒いですね、風が。大体暖かい日は寝坊するんでそれでその日一日の天候を推し量ったりしています。それもどうなんでしょうね。

さて、この間おかしな光景を見ました。

早稲田大学の文学部キャンパスの正面入り口の辺りはコンクリートの低い壁と金網で仕切られていて、それに沿う形で学生会館に至るまでほぼ真っ直ぐ歩道が伸びております。諏訪通りが走ってますからね。

で、僕は早稲田どらま館という大学の持っている小さな劇場で劇場付きのバイトをしているのですが、東中野から百人町を通過し、その諏訪通りを自転車で下ってそこへ通っています。

その日の朝もいつもと同じように諏訪通りを下って劇場へ向かっていたんですが、文学部の正面入り口から程近い辺りに、子供が一人、三歳か四歳くらいでしょうか、女の子が立っています。しかも、ただ立っているだけではありません。歩道の上、コンクリートの壁にぴったりと耳を付けるように、じっと直立しているのです。

これはちょっとおかしな光景です。近くに保護者の姿は見られません。その女の子、四歳くらいで膝上まである厚ぼったい赤いピーコートを着て、短い可愛らしい髪型、寒風に頬の辺りが丸く赤く染まっています。そんな小さな女の子が神妙な面持ちでじっと立ち尽くし、他のものなど見向きもせず、虚空を見つめたまま、壁に耳を押し当てて何か聞いているようです。

その時は急いでいたので、あの子何やってんだ、とは思ったもののそのままバイトに行ってしまいましたが、もうその日一日気になって仕方がない。あの子、一体何を聞いていたんだろう、どんな音がしたんだろう、今大学構内でやっている工事の音かしら、でもそれってそんなに面白いもんか?などなど、どんなに考えても分かるわけはないのですが、どうもその女の子の姿が目に焼きついてしまって。

バイトが終わって帰りしな同じ道を通るわけですが、もう確かめずにはいられない。自転車を降りて人目を若干気にしつつ、もちろんその女の子はもういませんでしたが、その子がいた辺りの壁に耳を近付けて聞いてみました。傍目には変な人だったでしょう。子供だから許される奇行だったのだと今更後悔。

しかし、何も聞こえてきません。もちろんその女の子が聞いていた時とは時間が違いますから、同じ音が聞こえるということはないだろうとは思っていましたが、元々そのコンクリートの厚い壁を通してなど、何の音も聞こえようがないのです。

じゃあ一体何だったんだ、と思って目を正面に向けてみて、初めてあの子が何をしていたか分かりました。あの子は何かを聞いていたんじゃなくて、見ていたんですね。視界の左側を真っ直ぐにコンクリートの低い壁が走り、右の端には等間隔で植えられた街路樹と諏訪通りが同じく真っ直ぐに正面に向かって伸びていきます。歩道の黄色い点字ブロック(正式には視覚障害者誘導用ブロックだって)と共にそれらが消失点のある空間を作り出しています。

そしてあの子の視点から眺めると、腰から下の人間たちが急ぎ足で去って行ったり向かって来たり、すれ違ったりしていくんですね。確かに、面白い光景なんですよね。

子供は皆芸術家だなんて言うのはよく聞きますけど、ちょっとそんなことを考えたりしました。僕も時々八歳の弟の言葉を拝借したり。ジョン・アーヴィング原作の映画、「ドア・イン・ザ・フロア」でも作家が自分の娘の言葉を絵本に拝借してましたね。あれもとてもいい映画でした。山田かまちも小さい頃はずっと鯉のぼりを見つめているような子供だったんだってさ。

そういう純粋な視点を持ち続けられたら、きっとずっと幸せなんだろうなぁと思った出来事でした。

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