忘却の庵

※いつもより長めの前フリです。

多忙だ。

今週は自分のブログを見る暇もないくらい忙しい。しかも、金にもならないことのために多忙になっている。好きなこととはいえ、もっと時間を上手に使わねばならないと強く思う。なんとかして目標の、大人の男になる、を年内に達成せねばならんというのに。(前回のブログで、小・中・高・大と、一貫して一人遊びクンであったことが様々な証言により立証されてしまった)

立ち止まっている時間はないのだ。

そんな悶々としたある日、家路を急いでいた俺は、中野ゼロホールの前を通りかかった時、ある男に呼び止められた。

「Are you tired?」

それはレゲエミュージシャン風の黒人だった。どうやら浮浪者同然の生活をしているらしい。しかし俺には、その見ず知らずの男に話しかけられた驚きよりも、その男にそんな問いをかけられるほど、悄然としていたのであろう自分の姿の方が衝撃だった。
英検二級の俺は(もちろん英語はペラペラなのだが)、その男と小一時間ほど話しこんだ。どうやら男は5年ほど前まで、カリフォルニアでかなり大規模に車のセールスを行っていたらしい。それがなぜ東京の、しかも演歌やらどこかの中学校の合唱コンクールくらいしか催し物のない中野ゼロホールの前で乞食生活をしているのか。以下はその男が自ら語った所である。

「5年前の俺はあんたのように疲れきっていたのさ。忙しい毎日に、金儲けしかない日常にうんざりしていたんだ。そんな時だった。仕事でニューヨークに来ていた俺は、5番街のあたりで一人の浮浪者に呼び止められた。“Are you tired?”ってな」

そこまで話すと男は、紙に巻いたマリファナ煙草に火を付け、うまそうに吸い出した。よく見ると男の右肘の上あたりに、「Bob Mary」という刺青が彫ってある。まさかそれってボブ・マーリーって書きたかったの?でもそれってボブ・メアリーだよね?てかマリファナ買う金があったら他に使えよ、などと一層不信感が募ったが、とりあえず黙って男の話を聞くことにした。

「その男が言うには、その男はつい最近まで大企業の社長だったらしいんだ。だが俺と同じように疲れきっていたところを、チャイナタウンで変な中国人に呼び止められたんだそうだ。男はその中国人に、日本に、どんな疲れも忘れ去らせてしまう仙人がいるという話を聞いた。その仙人は非常に険しい山中の、“忘却の庵”というところに住んでいるんだ。男はその話を聞いてすぐに日本へ向かい、忘却の庵を探し出して仙人に会ったんだそうだ」
「それで?」
「男がそれまでの経緯を話すと、仙人はある魔法の呪文を唱えた。すると男はたちまち今までの疲れを忘れ、地位に対する執着もきれいさっぱりなくなったんだそうだ。説明しなくても分かるだろうが、俺もその男と同じ運命を辿ったってわけさ」

ボブ・メアリーは二本目のマリファナ煙草に火を付けた。いい加減ちょっと目つきが怪しい。男が意識を失う前に、俺は聞いておくことだけ聞いておかねば、と思った。その山とはどこなのか、どんなに険しい場所なのか。

「Where is the mountain?」
「Mt.TAKAO」

意外と近かった。

忙しさの合間を縫って、俺は朝早くから高尾山へ向かった。所詮中野から一時間とかからない所である。小旅行にもなりゃしない。平日のためか、それとも常に空いているのか、高尾山には人っ子一人見当たらない。ただ何の鳥かも分からないような鳥の声が聞こえるだけである。
とりあえず来てはみたものの、どこから探せばいいか見当もつかない。闇雲に歩き回るわけにもいかない。とりあえず俺はケーブルカーの駅で聞いてみることにした。

「あのー、すいません」
「はい。(若いお姉さん)」
「忘却の庵って知ってます?」
「あ、それでしたら表参道コースですね」
「え?」
「いや、ですから、1号路の表参道コースです。猿園や野草園も楽しめますよ」
「いや、それは別にいいんですけども、忘却の庵ってそんなメジャーなんですか?」
「まぁ、私は猿園のほうをお勧めしますが…」
「でも、仙人が住む、険しい山中の幻の庵なんでしょ?」
「道なりに進めば見えてきますよ。でもきっとお客さんみたいな若い方だったら、猿園のほうがいいかと…」
「なぜそんなに猿園をプッシュするんです?」

ケーブルカーの駅のお姉さんに別れを告げた俺は、とりあえず教えられた通り、表参道コースで山頂を目指すことにした。高尾山といい、あんなお姉さんが庵のことを知っていたことといい、だいぶ前から俺はあの外人を信じてここへ来たことを後悔していたが、来てしまったからには進むしかない。俺はひたすら歩き続けた。

お姉さん一押しの猿園に差し掛かったとき、俺はとんでもない光景を目にした。普段はよくしつけられておとなしいはずの猿たちが、まるで野生を取り戻したかのように凶暴化しているではないか。飼育員に飛び掛るものもいれば、柵を飛び越え、山へ逃げていくものもいる。しかし、大部分の猿たちは、一箇所に集り、叫び声をあげながら、取り囲んだ物体に殴る蹴る、引っかく引きずるなどの攻撃を加えている。そしてどうやらその攻撃の矛先は、一人の人間に向けられているらしい。彼の悲痛な叫び声が聞こえる。よく聞き取れないが、どうやら中国人のようだ。

「やめるアルよ~(意訳)」

ちょっと中国人っぽい名前の俺は(当然中国語はペラペラなのだが)、その中国人に話しかけてみた。

「大丈夫ですか!」
「もうだめアル!中国四千年の歴史もここまでアル!おじゃんアル!」
「(なんてベタな中国人だ!)じいさん、今助けを呼んでやるからな!」

その時である。猿の鎮圧にかけては世界トップクラスと呼ばれる、日本の特殊警察、SWATT(Special Weapon And Tactics of Takaosan)が到着し、容赦なく猿たちをサブマシンガンで撃ち殺し始めた。

「えぇーっ!鎮圧どころの騒ぎじゃないよ!」
と心の中でツッコミを入れつつ、とりあえず謎の中国人の老人を保護することにした。じいさんはSWATTの使用したグレネードのせいで、耳が聞こえなくなっていた。話しかけても無駄だと悟った俺は、じいさんを抱えると、一目散にその場から退却した。最後に後ろを振り返った時、猿園はすでに原形をとどめてはいなかった。安全な場所まで逃げた俺は、その場で気を失った。

気がつくと俺は、小さな庵の中にいた。どうやらここが忘却の庵、そして先ほど助けたじいさんが、話に聞いた仙人だったらしい。
「大丈夫アルか?」
「ええ、

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