家に帰るともうすっかり夕飯の準備は出来ていて、父も母も面白いくらいきちんと食卓について私を待っていた。母はいつもと変わらない風を装い、父はよっぽど心配していたらしく、私の顔を見ると、他の時であれば気付かずに見過ごしてしまうような控えめな溜め息を吐いた。
私も食卓についていよいよ食事が始まる。三人が三人とも何から話し始めたらいいのか分からなくなって口を噤んでいた。もちろん父と母からは今日のことについて私に聞いてくるわけはなく、私は私でもちろん自分から話し出すわけはない。母は恐らく聞くつもりだったのだろうけど、タイミングを失ってしまったようで、仕事先の話を仕方なく場繋ぎに始めたが、結局続かなくなって更なる沈黙を生み出すだけに終わってしまった。私はずっとテレビを見つめていた。時々思い出したように箸を動かして、本当は色々なことを考えていたのだけれど、ボーっとしているように振舞ってみたりした。
「どうだったの?」
不意に決意した母。そもそもそんなに長い時間悩むような質問ではなかったとも思うが、私の知らない、あの人と父と母との物語がその質問を拒んでいたのだろう。
「なに?」
「今日、会ってみて、どうだった?」
「普通だった」
「何か…話した?」
「話したっていうかまぁ色々聞いたかな」
「そう」
よくよく思い出してみれば、あの人が語ったことをほとんど何一つ思い出せない。少し損をしたかな、と思った。
「大丈夫?」
母が真っ直ぐにこちらを向いているのに気が付いた。それでも私はずっとテレビの方を向いている。本当の気持ちを言葉に出して伝えたいのに伝えられないというのはどんな時だって辛いことだが、「私は昔も今もこれからもお父さんとお母さんのことが大好きだから。本当に感謝しているし、心から愛しているから」なんてことは、このタイミングで言ってしまってはならない言葉だと思った。今それを言葉にしてしまっては、私が何かに言い訳しているようで、私の純粋な感情もこの人たちへの思いもこの人たちの思いも、なんだか全てが一度にダメになってしまうような恐ろしい気持ちがして、喉の奥が熱くなって詰まったようになった。
「大丈夫だよ」
本当に大丈夫だから。もう揺らがないから。
「大丈夫。…私は大丈夫だから」
数日後、私の元に一通の封書が届いた。それはあの人が送ってくれたもので、中には写真が一枚入っているきり、手紙のようなものは一切入っていなかった。斬り捨てる時はばっさり斬り捨てるという所はさすがに親子で、私と似ているのかもしれない。私はなんだかおかしくなって笑ってしまった。
写真には、白い毛布に包まれた一人の赤ん坊が写っていた。淡いピンク色の敷布団に寝かせられ、全身がすっぽりと写るような構図で撮影されている。彼女は控えめに笑っている…彼女から見て右上の辺りを見つめて。何やら見つけたのかもしれない。その顔、幼い顔、何も知らない。
「安心したわ」
私はぽつりと呟いた。
彼女は私が想像していたよりも、ずっと幸せそうな顔をしてこの世に産まれ落ちていた。
~おわり~