物欲と生きる糧。


どうも、須貝です。

夏です。もう、どうしようもなく夏です。Tシャツ焼けと時計焼けとサンダル焼けが、もう取り返しの付かない状態になっています。夏です。

浴衣をもらったから夏まで生きよう、って言ったのは確か太宰治さんだったでしょうか。なんだか凄く分かる気がしますね。

僕は死にたがりではなくてだいぶ生きたがりで、チューブに繋がれてでも下の世話してもらってでも生きたいのだ、ということを前にここでも書いた気がしますが、服を買ったり物を買ったりすると、その分頑張って生きようという気になります。

最近新しいサンダルを買いまして、クロックスのあの定番の形じゃなくてビーサン型の、健康サンダルみたいな黒いサンダルを買いました。非常に履き心地が良いです。少し靴擦れしますが、履き慣れれば大丈夫な気がする。クッションが良くって、足が疲れません。

で、ニューチャリを買う計画は未だ進行中で(楽天で二千円くらい割引になることを知り、そのためだけにカードを作って届くのを待っている)、それに先駆けてチャリ通用のバッグを買いました。

肩掛けの、ちょっと容量の大きいシンプルな奴が欲しくていたら、高円寺の古着屋さんで希望通りの物を発見。しかもセールになっていて三千円とお買い得。それでも二日くらい悩んで買いました。カーキが一番良かったのでそれを買ったら、最早展示品のみだったらしくて、もうちょい遅かったら無くなっていたかも。

買い物をすると、特に身に付ける物を買うと、そいつのおかげでリフレッシュするというか、自分がリセットされるのと同時に力をもらって、また生きて行けるというか、そんな感じがします。
お金がないけど物が欲しい欲しいと思うのは、そういう活力が欲しい時期だからかも。たくさんの物に生かされています。

で、関係の無い話ですが、その古着屋さんの近くに高円寺の地名の由来となります高円寺というお寺がありまして、フラッと行ってみました。

フランスで教会に行った時も思ったことなんですけど、宗教に絡む建物とかその敷地とか、不思議なもんで、その領域に踏み込んだということを肌で感じるんですよね。そこだけ清浄な、穢れの無い空間というか、外界と隔絶されている感じがするというか、安心感が湧いてくるというか。

内的な力だけじゃなくて、外的な力も、ガンガン取り入れ放題で生きていけば、枯渇するということがないんじゃないかと、他人任せに生きています。

映画も本も音楽もガンガン観て読んで聴くぞ!ということで、次回は映画の話をするつもりです。

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