極めて短編集(4)


○故郷

 東京から鈍行で約八時間、内二時間が待ち合わせで、都心から離れるに連れ一時間の内に出る列車の本数が少なくなる。

 緑が深くなり、その中にちらほらと雪が紛れ込み始めると、もうそこは私の故郷の入り口である。

 故郷とは心の在り処であるから、田舎であろうが都会であろうがそれに変わりはないと言う人もいるだろうが、私は私の故郷が故郷で本当に良かったと思っていた。駅から十分も車で行けば田んぼがただだだっ広く広がるだけの寂しい土地だが、豊かな山々と冷たい空気に抱き締められた美しい所である。

 私は白痴のように、ガタガタ揺れる車窓のガラスに額をべったりと付けて、ぼんやりと山並みを眺めていた。黒々と夕闇に潜むその姿は波打つ龍の背中のよう、頭に落陽の冠を頂き、冬に枯れた大地を音も無く滑るように進んで行く。

 故郷に帰る度に、たくさんあったはずの選択肢ではあるけれど、そのどれもが今というただ一点にしか結び付いていかないのだ、ということを考える。

 選び取らなかった選択肢はどこに行ったのだろう?いくつかはこれを選んでおけば良かったという後悔として残り、いくつかはこれを選ばなくて良かったという教訓として残り、いくつかは未だに選択肢として私の中に残されている。

 故郷はいつでも、私の選択肢の一つだった。しかしそれは選ばれることの無い、保険のようなものだった。

 東京から鈍行で約八時間、内二時間は待ち合わせで、都心から離れるに連れ一時間の内に出る列車の本数が少なくなる。この時間ではもう、後戻りする列車が無い。

 私はこの選択を後悔として残すだろうか、それとも教訓にするだろうか。故郷に帰ることを選んだ今、今までと同じように故郷を愛することが出来るだろうか。先のことは分からない。

 信用出来るのは、私という今のただ一点。

~おわり~

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