極めて短編集(7)


○里帰り

 同じリズムで揺れる電車の振動が穏やかに降り積もる雪のドームに吸い込まれて、どこか遠い日の思い出のように現実感を失って体に響く。

 私は毎年一度の恒例行事のために、奥羽本線のえんじ色の沈み込む客席に身を委ね、何ページ読み進んでも一向に終わりの見えない小説から少しだけ目を逸らし、頑固な雪のへばり付いた車窓の向こう側に見える、同じくただただ白い風景を眺めた。

 二人掛けの椅子が向かい合わせになった客席はつまり四人掛けの造りになっているのだが、どの席も一人で座っている客で埋まっている。電車はたった二両編成。いつもより利用者が多い気がする。一両につき一人ずつなんてこともたまにあるのだ。そんな所が好きだった。

 ここよろしいですか?

 不意に声を掛けられる。

 どうぞ。

 空いているのに席がない、というのもおかしな話だが、私はその青年に反対側の二人掛けの席を譲った。

 里帰りですか?私が聞くと、

 はい。と彼は答えた。

 その割には荷物が少ないと私が怪訝に思うと、彼もすぐにそれを察したようで、

 いや、実は僕の里帰りじゃないんです。と答える。

 どういうことですか?

 実は三年ほど付き合っていた女性とこの前別れてしまって。急に一週間ほど休みになってしまったもので、目的地も決めずにブラブラこちらの方を旅しようと思っていたんですが、彼女の故郷が確かこの辺りだったなと思い出しまして。正確にどの駅かとか何という町かとか、そういったことは全く覚えていないんですが、確かこの辺りのはずなんです。

 なるほど、それで里帰りというわけですか。

 私がそう言うと、彼は自嘲するように少し笑って、

 お恥ずかしい話です。未練がましくて。と答えた。

 いえ、そんなことありませんよ。実は私も里帰りなんです。私の故郷じゃないんですが。

 え?と彼は聞き返す。

 妻に五年ほど前に先立たれまして。毎年この時期に妻の実家を訪ねるのを恒例にしていたのですが、彼女が亡くなった後も私一人で行っているんです。彼女の父親は私の飲み仲間でね。私には目的地がありますが、あなたと似ていると言えないこともありませんね。

 電車が私の降車駅に到着したので、私は電車を降りた。

 去り際に私は彼に言った。

 この二つ先の駅にはいい温泉があって美味しいぼたん鍋を出す旅館もありますよ。目的地がないならそこへ行ってみてはいかがです?

 彼は笑って答えた。

 じゃあきっとそこが彼女の故郷ですね。

 私たちは笑った。

 里帰り、楽しんできて下さいね。

 あなたも、里帰り、楽しんできて下さいね。

 彼がどこへ向かうことになろうと、彼の旅が実りあるものになることを願った。残された者には、残された思い出を美化する権利が与えられていると私は思っている。

~おわり~

Previously