曲がる男~中編~

 曲がる、なんて言うと、大げさだと思われたり、語弊があると思ったりするだろうが、そうではない。正真正銘、朝、ベッドの上で目覚めたオレは、曲がっていた。

最初は寝相のせいで壁にでもぶつかっているのだろうと思っていた。しかし、いくら体を起こそうとしても、起き上がらない。腰からくの字に曲がったまま、オレの体は一向に言うことを聞こうとしない。そのままベッドを這い出てカーペットの上に転がり落ちた。転がり落ちてもなお、オレの体は曲がったままである。とりあえずその不自由な体のまま、オレは歯を磨き、苦労して服を脱いでシャワーを浴びた。そしてまた苦労して服を着ると、会社に遅刻の旨を伝え(突然の体調不良とだけ言っておいた。間違ってはいない)車を運転するわけにもいかないので、歩いて病院まで行った。

 レントゲンやら何やら一通りの検査はしたが、医者は原因不明だという。精神的なものが肉体にまで影響を及ぼしたのでは、などとそれらしいことを言ってはいたが、オレには肉体にまで影響するような精神的事件の心当たりなんてまるでなかった。それならいっそ後天的なせむしなんだと言われたほうがまだ信憑性があるってもんだ。仕方がないから、オレはそのまま家に帰った。

 帰る道すがら、オレは自分が赤ん坊の頃オムツをしていたという事実以来、最も屈辱的な気持ちを味わった。オレは前を向くことができず、アスファルトの地面ばかり見つめている。横断歩道を渡る時だって、白い線に気づいてから、慌てて頭を引っ込める始末である。周囲の視線が痛い。なんだってスーツ姿の男が、体を九十度に曲げて窮屈そうに歩いているんだ?オレにはお前たちの心の声が聞こえるんだ、オレは障害者じゃないぜ。
 やっとの思いで家に辿り着いたオレは、じっくり今後のことを考えることにした。大変なことになった。どうもこの病気(かどうかは知らないが)は一日や二日で治るとは思えない。オレの今までの安心で退屈な日常は取り戻せそうになかった。ならば、この体に適応した、新しい生活を営むしかない。
 
 まずオレは、オレの愛車の真っ赤なスポーツカー(カローラ)を手放した。なぜなら体の曲がったオレには運転はできないからだ。次にオレは会社を辞めた。なぜなら車を手放してしまったし、通うには遠すぎたからだ。そしてオレはだいたひかる似の彼女とも別れた。なぜなら体の曲がってしまったかわいそうなオレには、もっと可愛くてやさしい彼女が必要だったからだ。最後にオレは住んでいたアパートを引き払った。なぜならオレは全てのものを失ったからだ。

 さて、オレは一体どうしよう?だんだんオレは、退屈を取り戻すためなら、何でもしかねない気持ちになってきた。

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