お久しぶりです。
もうだいぶ更新が滞っている…のでもしかしてもう誰も見てはいないかもしれませんが、それでも書き続けます。
昨日、やっとこさ役者として出演していた公演が終了いたしました。観に来てくださった方、心の中で密かに応援してくださった方々、どうもありがとうございました。
相当辛い現場でしたが、得たものは大きかった、というか得たものを大きく膨らませていく作業がこれからの課題になるというか…とにかく先に続くものを残すことができたという意味では、よい公演だったと思います。(ただ自分の不甲斐無さに死にたくなった)
お芝居を始めて、今年で六年目になります。小学生が中学生になるくらいの年数はやってきたわけですな。それでもまだ、何も身に付いたとは言えない、得たものは確かにあるんだけど、一線で活躍している方々から見たら、それは赤信号は止まれ、っていうルールと同じくらい当たり前のことだったり基本的な技術だったり。いわば彼らはF1レーサーで、僕は免許すら持っていないんです。やればやるほど道がどんどん遠のいていくような気がして、さすがに気が滅入ります。
お芝居なんかやってると、将来続けるの、とかやめといたほうがいいよ、なんてよく言われます。まぁ当然なんですが。
今僕がしていることは、遊びだとしたら相当な時間の無駄です。さっさと止めて就職することを考えたほうが絶対にいい。でも、将来職業として選択するのだと考えれば、他の人よりも早めに就活しているようなもんだと僕は思うわけです。
何の仕事を選ぶにしたって、一流になるのは並大抵なことではないんだろうと思います。会社員だって公務員だって弁護士や医師だってそうだし、もちろん演劇や音楽などでも同様でしょう。だからきっと同じなんです。たまたま僕が選んだ道が演劇であっただけで。
(ただ、単純な、そして決定的な違いは、門戸の広さかなと思う)
自分を磨く努力を怠ってはいけないとつくづく思いました。若いうちに自分を磨くことをしなければ、その後の数十年なんて暗黒時代ですよ、きっと。せっかく早稲田大学という恵まれた環境にいるんだから、それを生かさなければ…と、かなり焦り始めておるわけです、もう三年スからね。
最近、池波正太郎先生のエッセイ、「男の作法」を読みました。男の作法、というか生き方的なことが池波先生の視点で書いてあったわけですが、目からうろこが落ちました。そこにもやはり同じようなことが書いてあって、「男の磨き石にならないことはない」と。自分を磨く上で生きないことなどない、ということですね。池波先生は若い、感受性が豊かなうちに広範なものに触れておくことが大切だとおっしゃっていました。音楽なり絵画なり映画なり、学生の、時間のあるうちにいろいろ触れておかなければ。特に僕なんかが将来やりたいと考えていることなんかのためには特に、なんだろうと思います。学生時代を安穏として過ごしてはいけない、社会に出る準備期間として充実させなければ、全ては無益なことになってしまう。
まずは「役者です」と名乗る免許を手に入れようと思います。全てはそこから。六年やってもまだスタート地点にすら立っていなかった。ショックですが、ということは次に目指すべきは、スタートすること、なんでしょう。
そして実際に明日から地元に免許取りに帰ってきます。ドライブしたい…