ぬるま湯から

どうも、須貝です。

去年まで僕は都内のある劇場で働いていました。そこの仕事が非常に楽で、大学在学中からずるずると四年ほど続けていたのですが、去年管理会社が変わるタイミングで辞めました。歴史のある劇場だったのですが、劇場として満たさなければならない条件がいくつか満たせていなかったため、今後は稽古場として使われるとのことで、それに対する反発の気持ちもありました。新しく入ってきた人たちが全く演劇を知らぬ人たちで、いちいち説明しても伝わらず、それに心底嫌気が差したということもあります。

お芝居を続けていく上では、時間の融通も利くし仕事も大変ではないし給料もそこそこ良かったのですが、今ではそのぬるま湯を出る決断をしたことが、間違っていなかったと心から思うことが出来ます。

最近引越し、新しい住居に住み始めて一週間ほどが経ちましたが、今まで自分がいた住環境もまた、ぬるま湯だったのかもしれないと思い始めています。中野の一軒家、兄と同居、家賃も安くしかも折半、風呂・トイレ別。更新料も敷金・礼金もない家でした。

劇場の仕事をやめた時も引き継ぎなどでごたごたし、半ば喧嘩する形で辞めたのですが(それまで好き放題していたツケを払った形とも言えるので自業自得ですが)、今の家を出るのにも少々ごたごたがあり、去年の今頃もそういったストレスを抱えていたなぁと、もう何年も前のような気がするのですが、思い出します。

この二つの出来事は、自分を変えたい、変わりたいと思い始めていたタイミングで訪れた出来事でした。そう思い始めた時に生活を変えざるを得ない状況に追い込まれるというのは、一見不運なようで幸運なこと、きっかけを与えてもらえたということだと思います。その流れに本能が指し示すまま乗るということが、仕事を辞めた当時も今も大事なことだと考えています。そしてどちらの決断も正しかったと確信しています。そのせいで色んな人に迷惑は掛けましたが。

あの仕事を続けることもあの家に住み続けることも限界だとはっきりと感じ、そう思った時にすぐにでも行動を起こしたくなる自分の短気さが、良く働いた事例だと思います。大抵良く働かないのでね。

先日、王子小劇場の新年会にて、佐藤佐吉賞の最優秀主演男優賞のプレゼンターを務めさせていただいてきました。毎年昨年の受賞者が今年の受賞者を発表する慣わしになっています。王子小劇場での年間の公演を通して審査される賞なので、賞を頂くこともその賞を発表することもとても名誉なことです。

僕は昨年、自身の団体の公演の稽古中だったため発表の瞬間に居合わせられず、後から合流したので、いまいち賞を頂いた実感がなかったのですが、今年その瞬間に居合わすことが出来て、初めて、この賞を頂くということがどういうことなのか分かったような気がしました。

他にノミネートされた方、ノミネートされなかった方々、お客様、僕に賞を下さった職員の方々、その全ての人々に対して、その後も変わらず、僕が賞を得たということを納得させ続けなくてはならない、これは頂き物というよりも責任なのだと、強く感じました。

賞を頂く以前の自分が決して手を抜いていたとは思いませんが、状況としては、この賞を頂いたことが一つ、ぬるま湯からの脱却、追放だったような気もします。一年も経ってようやく気付くとは、間抜けもいい所です。不義理もいい所です。

子供の頃僕は、大人になれば段々と色々なことに余裕が出来ていくものと思っていました。普通に就職して結婚して家庭を持つものだと思っていました。選んだ道の都合もありますが、大人になるということは、どんどんと生き難くなっていくものらしく、その代わりどんどん研ぎ澄まされていくもののようです。

ただ生き難くなるだけではなくちゃんとその分、ぬるま湯の外の極寒の中で、研ぎ澄まされていきたいと思いました。

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