安易な人々。


どうも、須貝です。

今日の朝、ニュースを見ようと思ってチャンネルを回していた所、たまたまテレビ朝日の「サタデースクランブル」という番組を見まして。そこで見かけたことに関して一つ。

ちょうど今話題となっています福島の高校三年生の母親殺害のニュースをやっていたんですが、そこで少年が犯行の前に観ていたというDVDの話が上っていたんですね。それが僕も好きなビースティーボーイズのMVクリップ集だったらしくて。

で、番組では彼らの歌詞なんかの和訳をテロップで流してまして、それがまぁ見ようによってはいかにも今回の事件と関わりのありそうな、例えば「母親」とか「学校」とかいったフレーズの入ったもんをわざわざ探してきてですね、さもそれが影響を与えたのでは、なんて風に番組を構成しているわけです。

さらに、「彼らのプロモーションビデオの中には首を切る映像の含まれたものもあり」なんていう風な言い方までしてまして。これは彼らの「Body Movin’」って曲のMVなんですが、これ、観てもらえば分かるけど全くのギャグなわけで、番組側の言い方だとさも残酷な映像が流されているみたいな感じですけど、全くそんなことはないと思うわけで。

確かに多少なりとも影響は受けているかもしれませんが、あの映像を観て殺人に到るってやっぱり元々どこかおかしくなきゃそうはいかないと思うのです。

コロンバイン高校の銃乱射事件の時にも、ボウリングと彼らの犯罪だとか、マリリン・マンソンと彼らの行動だとかが関連して考えられていましたけど、ちょと待ってくださいよ、って話なわけです。

残酷なものやリアルなものや暴力を誘発するようなものは確かに存在します。最近ではそれらが簡単に手に入ったり目に入ってきたりするのも事実ですけど、一番重要なのは、それに触れた時に現実とそういったものたちを混同して(いるのかどうかは分かりませんが)しまうというその精神の構造を作り上げたのが一体何であるかということであって、メディアはあくまでメディアだと僕は思うのです。

全く影響が無いとはもちろん言いません。確かに影響はしているでしょうが、この場合もっと重要なのは、少年が犯行前に何を観ていたかということよりも、彼が高校三年生の一年間ほとんど登校していなかったということなのではないかと思うのです。何かしてあげられなかったのかと。それも僕にとっては他人事だから軽々しく言えてしまうことなのかもしれませんが。

アーティストにだってアーティストの生活や信条や主張があるんだから、それを簡単に犯罪に結び付けて弾劾したり排斥したりするような安易な結びつけは、最近は犯罪心理学なんてものももてはやされているし、流行っていることだとは思うんですが、もう少し熟慮して報道した方がいいんじゃないかと思うんです。

ビースティーの三人にだって生活はあるし、自分たちの音楽が殺人を引き起こしたなんて言い方をされたらいい気分は絶対にしないでしょう。

原因が分からなければ人は恐ろしい、それが無差別な殺人のようなものであれば、自分にもいつ降りかかるか分からないことですからさらに恐怖は増すでしょう。だからといってその原因を安易に大人たちが理解できないヒップホッッパーやハードロッカーやヘビメタバンドに押し付けるのは可哀相です。

9.11の時もイスラム教徒の人々が迫害を受けたし、日本でだって関東大震災の時に朝鮮の人々が暴動を起こすというデマが流れてたくさんの人が自警団によって殺害されました。厳密には違うのかもしれないんですが、こういったことにいつかは繋がっていく気がして恐ろしいという気持ちはあります。

心理学者が原因を分かったフリして説明すれば人々は安心するでしょうが、果たして、その原因を家庭だとか学校だとかその人が読んでいたマンガや本に無責任に一方的に押し付けていいものなのでしょうか。何らかの答えが無ければ報道番組としては成立しないのかもしれませんが、だからと言ってこれだけ早期に、答えを出してしまっていいものなのでしょうか。

抑圧された暴力衝動?幼時のトラウマ?疎外感?ネット社会の産み出す弊害?人間なんだから、もしかしたら言葉に出来る範囲の理由なんか、当てはまらないかもしれません。当てはめなければ事件の予防には繋がらないのかもしれませんが。

実際の事件なんだからミステリーや映画とは違います。そういった要素をたくさん出していけば人々の興味は惹き付けられるでしょうが、だからと言って…

少なくとも僕はそれを求めちゃいません。視聴者の興味を煽るような演出しか出来ないのであれば、僕はそれは報道ではないと思います。ビースティーの一ファンとして思ったことでした。もしかしたら僕が彼らに肩入れしているだけのことなのかもしれませんけど。

だとしても、熟考願います。

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