幸せ、もしくはそうじゃない状態の呼び名・1


 私が十八歳の誕生日を向かえ、友人たちと飲んで騒いで帰った次の日、二日酔いで苦しんでいたのを叩き起こしたのは私の母、父は居間で煙草をふかしながら、ただむっつりと座っていた。

 昨晩のことを叱られるのかと内心ビクビクしてはいたが、どうせ終わらせるなら早めにして欲しいと思ってもいた。今思ってみれば、あの時あの瞬間まで父は私にその話をするのに反対していたのだろう。その話を、私が十八になったらしようと一方的に父に約束して、強情にそうすることを心に決めていたのは母の方だったようで、その話の最中も終始手綱を取ったのは母だった。やはり父はむっつりと座ったまま、ただただ煙草を吸っていた。
 その話、というのはまあ何と言うか、他愛の無い話で、起き掛けにそんな話を聞かされた私はただ呆然としてしまったが、それでも二日酔いを忘れるほどではなく、相も変わらず頭はグアングアンと響き渡る痛みに苦しめられてはいるし、吐き気は無いまでも気分のいい状態とは言えず、今日は学校にも行けなそうだとそんなことばかり考えてはいたが、母が語る事実の重さだけはしっかりと理解はしていて、ただそれには現実感なんてものは伴わず、古臭いテレビドラマのお決まりのシーンもあながち間違ってはいなかったのだ、きっと今の自分もあんなドラマの主人公のように、陳腐な反応しか示してはいないのだろうと思っていた。とにかく、そんな風に様々な考えが疲れるくらい目まぐるしく頭の中を凄い速さで走り回っていたけど、「あなたは本当は私たちの子供じゃないの」なんてストレート過ぎるくらいの告白は、どんな時だって聞いて気持ちのいいものではないな、という実感だけが、その後の私にも強く残り続けた。

 私の母は私の本当の親の現在の住所を教えてくれた。親と言っても父親は既に亡くなっているらしいが、母親に会いたければ連絡するから会いに行けばいいと言ってくれた。でも、会いには行かない方がいいというのが父と母の共通した意見だった。
「あの優しい理解のあるお母さんが会いに行くなって言ってるんだから、会いに行かない方がいいんじゃないの?もしその本当の親って人が普通の人だったら、もっと早くに会いに行かせてたはずだし?」
 私の話を聞いて香織はそう言った。香織は私の友達だ。
「でも会いに行きたい」
 私は答えた。
「知らなくたっていいことは世の中にたくさんあると思うけど、だからこそ、私は知った上でも今までと同じくらい強く生きたいと思うし、たぶんだけど出来るような気がする」
「そうだとしても」
 香織は言った。
「初美が思いも寄らないようなことを知った時、どうなるかって思ったらやっぱりお母さんも心配なんだと思う。私も心配だし」
「その母親って女が殺人鬼だったりとか?」
「そんで殺されたらどうしようって?」
「そう。アハハ」
「そうじゃなくて、生まれとかそういうことに関係することって、きっと初美が思っている以上に初美に影響するだろうってことでさ」
「分かってる。大丈夫、多分ちゃんと分かってるから」
 それでも香織は心配して、とりあえずその住所に自分が行って私の母親の様子を見て来てくれると言う。心遣いが有難かった。私は彼女の言葉に従うことにした。

 数日後、様子を見に行ってくれた香織が、もし会いに行きたいなら会いに行ってみたらどうだ、と言ってきた。
「実際会ったわけじゃないしなんとも言えないけど、住んでる所も普通なようだし、近所の人に聞いてみたら普通に勤めている人みたいだし。ホームレスとか物乞いとか生活保護を受けているとかそんなわけでもないみたいだし。何にしても止める理由がないんだよ、私が知った限りでは。だから行きたいって言うなら『やめろ』って止めてまでして警戒することでもない気がして」
 私が思っていた以上に色々と尽力してくれていた香織に、私は心から感謝していた。それと同時に、はっきりと“会ってみたら”と言われると、今度はかえって尻込みしている自分に気付いていた。
「何かあったら連絡して」
「何かって?」
「まあ危ないことがあるって意味じゃなくて、そういうんじゃもちろんなくて、会った後にね、何かこう、思うところがあって誰かに言いたくなったら、まずお母さんとお父さんに言ってさ、それから私に言って来てっていう意味」
 自分の友達ながら、こんないい奴がこの世にいるということに大袈裟に感動してみたりする私。
「うん、絶対そうする」

~つづく~

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