我と闘う。


どうも、須貝です。

箱庭円舞曲第十四楽章『とりあえず寝る女』、無事終了いたしました。連日満席で、最終的に8ステージで総動員990名と、劇場のキャパシティを超えた数に。…ってここでそれを言っても大丈夫か(消防法的に)?まぁいいや。

今回の公演は本当に良かった。心から良かった。自分が今まで関わった公演の中でも、一、二を争う。たくさんの方に観ていただけて、本当に嬉しい。自分の大切な人たちに観ていただけて、本当に嬉しい。

先ほど家に帰り着いて、公演中の異常なテンションも少しずつ落ち着き、恐らくこれから数日恐ろしい陰の状態と闘わねばならないだろうと思っているところです。

今回の公演は素晴らしかったが、全て与えてもらったもののような気がしてならない。自分以外の誰にも出来ない何かをこの公演において出来たかと言われると、急に足元が不安になって来るような、そんな気がしてしまう。今回自分は何をやったろう?

理性的にはまぁもちろんそんなことはないと分かっていても、恐ろしい客演陣や常に攻めの姿勢のスタッフチーム、古川さんの書いた脚本、演出した作品、それに乗っかっただけの自分という、そんな気がしてならない。怖い。

「劇団」という自分の場所である場所で、必要とされなくなることほど恐ろしいことはない。そういう意味で、自分の場所であることに一切甘えられない箱庭円舞曲という劇団は、心から恐ろしい劇団だ。与えられた役柄云々などということを抜きにして、劇団員が客演陣に劣ってはいけないのだ。それでもあっさり負かされてしまう人を呼んでくるのだ。簡単に代わりなど見つかるのだ。恐ろしい場所だ。

でも何かを為すには、最高にいい場所であることは確かである。

少しくらい上手いだけでは、ダメなのだ。もっと圧倒的な何かがなければならないのだ。
僕が佐藤佐吉祭最優秀主演男優賞を獲ったのは伊達じゃないのだろう。というか、伊達だと困るのだ。賞に対しても賞を下さった王子小劇場に対しても失礼である。粗相である。これは恐ろしいプレッシャーである。賞を獲ったんだから、少しくらい上手いのは当たり前なのである。そのハードルを越えられなければ、反動でたくさんのものを失うのである。

この先に行けなければ、自分は今に非常に惨めな目に遭うだろうと、強く感じた公演だった。今はただ、怖い。恐ろしい。自分はまだ演劇をやっていたい。お願いだから、まだやめさせないで欲しい。まだ先があるんだ。もっと先を見たいんだ。

失うのなんかあっという間である。もっと必死に生きなければ、ダメだ。しがみつかなければダメだ。言うは易しだけど。

今桜は満開、むしろ散り始め、雨に濡れてアスファルトの路面に張り付く花びらを見ていて、今回の公演のラストシーンを思い出した。

ラストに至るまでに流れた全ての時間のことを思うと、自然と込み上げるものがあって、ただそれに何と言葉を付けていいか分からない、無力感とも違う、ただ込み上げてくるものがあって、それが自分の中に溢れるのがとても心地良かった。

頭で考え得る範囲のことなんてのは案外信用ならなくて、肌に湧く鳥肌の数の方が信用出来るなと思ったりする。

素晴らしい時間だった。

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